第一部 歴史的仮名遣の読み方
2. は行
2.1 本則
- 前回は「そのまま読むもの」でしたけど,今回からは違ってくるのですね。
- そやね,見る機会の多い「は行」から行こか。
- は行の読み方はどうするのですか?
- 基本的に,語頭以外の「は行」は「ワア行」で読む,これに尽きるんや。逆に,語頭の「は行」は「ハ行」のまま読むってことやね。
- あ,それなら一つ知ってますよ。「おもひで」は「オモイデ」って読むのですよね?
- その通りや。よう知ってるねー。
- この前TVで,そんな言葉で始まる映画を見たのですよ。
- ……あんまり詳しいこと言うたら,怖い人らが来るから止めとこな。とにかく,幾つか練習しよかー。
- かはいい【可愛い】[カワイイ]
- をはり【終り】[オワリ]
- ねがひ【願ひ】[ネガイ]
- こひ【恋】[コイ]
- ふくろふ【梟】[フクロウ]
- ゆふべ【夕べ】[ユウベ]
- ゆくへ【行方】[ユクエ]
- かへる【帰る・返る】[カエル]
- かほ【顔】[カオ]
- なほす【直す】[ナオス]
- これは結構,慣れるのに時間がかかるかもです……。
- 逆に,この「は行」に慣れたら,大きな山を越えたと思ってええよ。あと,語頭以外の「は行」が2文字以上続いても同じ法則や。
- さいはひ【幸ひ】[サイワイ]
- いきほひ【勢ひ】[イキオイ]
- にほふ【匂ふ・臭ふ】[ニオウ]
- 漢字を使って書くと,は行が結構見えなくなりますね。
- 確かに,漢字を普通に使ってある文章やったら,そんなに見いひんかもしれんなー。
2.2 例外
- さっき,はやてちゃんが「基本的に」って言ってましたけど……
- もちろん例外はある。一つは,語頭以外の「は行」を「ハ行」のまま読む場合やね。これは大半が複合語の時で,一見気づきにくくても,「は行」で始まる言葉が隠れとることがある。そんな意識が働いたら,「ワア行」にならんと,そのまま読むんや。
- しはらひ【支払ひ】[シハライ] = する + 払ふ
- ごはん【御飯】[ゴハン] = 御 + 飯
- まひる【真昼】[マヒル] = 真 + 昼
- たべはる【食べはる】[タベハル] = 食べる + しはる (方言)
- いかへん【行かへん】[イカヘン] = 行く + へん (方言)
あと,数は少ないんやけど,複合語でもないのに,語頭以外の「は行」を「ハ行」のまま読む貴重な例もある。ただこれは,「現代仮名づかい」と同じやから,難しないよ。
- はは【母】[ハハ]
- ほふる【屠る】[ホフル]
- ほほ【頬】[ホホ・ホオ]
- これは,ちょっと気をつけてればわかりますね。
- ただし,や。さっきの本則に引きずられて,語頭の「は行」を「ワア行」で読んだりもするからややこしい。これがもう一つの例外や。一番有名なんは,助詞の「は」「へ」やね。
- 「こんにちは」の「は」とか,「どこへ行くの?」の「へ」とかですよね?
- 正解正解。助詞は必ず他の言葉の後ろにひっついて出てくるから,語頭以外の「は行」に近い感覚になって,「ワア行」で読まれる様になったんやろね。あとは複合語で,こんな例があるよ。
- こふだ【国府田】[コウダ]
- ふぢはら【藤原】[フジワラ・フジハラ]
- やはた【八幡】[ヤワタ・ヤハタ]
- けはい【化粧・気配】[ケワイ・ケハイ]
これは私の印象やけど,人名とか地名とかに多い気がする。それに,人によっても「ワア行」になったりならんかったりするんやけど,自分で読むときは,振り仮名でもない限り,どっちで読んでもええよ。
- 確かに,どっちの発音も同じ位よく聞く気がします。
- まー,そんなに数は多ないし,「こんな例外もあるんや」位に思っとってくれたらええよ。あと,今回は挙げへんかったけど,「あふ」「えふ」の時はまた別で,それは次回と次々回に説明するなー。
2.3 閑談 「h」の発音
- 今,気づいたのですけど,語頭以外の「は行」を「ワア行」で読むってことは,「ワ」以外は,hが脱落してるってことですよね?
- よう気づいたね。確かに,「おもひで(omohide)」⇒[オモイデ(omoide)]って風に,hが抜け落ちたとも受け取れる。
- この法則って,英語に似てませんか?
- 確かに。今日のリインは冴えとるなー。リインの代りに例を出すと,英語で「乗り物」の意味の"vehicle"は,手元の辞書には[víːikl]と「h」を無視して発音する様に書いてあるし,また「多分」の"perhaps"も,[pəhǽps][pɹǽps]の両方の発音が載ってて,他の音に挟まれた「h」の音が消えやすいことを表しとる[福田 p.227]。語頭は"hill"や"harp"みたいに比較的「h」が残るみたいやけど,語頭ですら,"hour"なんかやと「h」が無視されるみたいや。(天の声: 英語でも方言によっては,"home"や"he"等の単語でも語頭の「h」が脱落して,[(ɦ)oːm]や[(ɦ)iː]の様に発音される。また英語に限らず,西欧言語で「h」が抜け落ちて発音されることは多い。)
- まーとにかく,語頭以外の「h」が脱落して発音される傾向は,英語と日本語で共通やと言うてもええね。
- ぜんぜん違った言語なのに,面白い繋がりがあるのですね。
- まったくその通りや。これは逆に,語頭以外の「h」を抜かして発音するのは,人類にとって自然なことなんかもしれんね。(天の声: 厳密には,[h]が弱まって[ɦ]で発音される,とした方が自然である。「h」の発音についてもっと詳しく知りたい方は,[福田 pp.219-231]を参照されたい。)
2.4 纏め
- 色々聞いてきましたけど,原則は「語頭以外の『は行』は『ワア行』で読む」,ですね。
- ほんま,今回はその一言で終りやね。あとは慣れかなー。
- どうも有難うございました。次回は何を学ぶのですか?
- どう致しまして。次は,さっきもちょっと言うたけど,「あう」「あふ」の読み方やね。これも本則と例外があるけど,そんなにややこしないから,できるだけ簡単に説明するなー。