第一部 歴史的仮名遣の読み方
1. そのまま読むもの
1.1 歴史的仮名遣の世界へようこそ
- どうして歴史的仮名遣を学ぶのですか?
- 簡単に言うたら,表現の幅が拡がるからかなー。日本人にとったら,日本語に詳しなるんは損やないで。
- でも,わたしたちが普段使ってる「現代仮名遣い」だけではいけないのですか? 歴史的仮名遣を習っても,読み書きする場面は少ないですし……。
- うーん,確かに普通の日本人にとったら,普段の生活には全く要らんかもしれんけど,逆に歴史的仮名遣を知ってると,俳句とか物語とかを書く時に,「ちょっと使ってみよか」ってできるやん。もちろん,他の人が書いた歴史的仮名遣の作品だって読める様になる。そしたら何か格好ええ気ぃせえへん? それに,普段ノートとかメモとかを取る時に使ってもええんやよ?
- え? 歴史的仮名遣って,古文を書くためにあるのでは?
- それは誤解や。文体と仮名遣は独立しとるから,現代文を歴史的仮名遣で書いてもええんやよ。 (天の声: この文書自体,歴史的仮名遣で書いてある[広辞苑前文方式]。) ところでリイン,「仮名遣」って何か説明できるかー?
- えっと,改めて訊かれると,上手く説明できません……。
- 辞書的な定義は置いといて,わたしはこんな風に思っとるんや。気温が高い時の「暑い」と,物が熱を持っとる時の「熱い」と,嵩が高い時の「厚い」って,みんな「アツイ」って発音すんのに,書き分けるやんか。それは,「この3つは別の言葉」って意識があるから。「別の言葉は別の言葉」って区別をつけて書くのは,凄く自然なことや。今出したのは漢字の例やけど,それと同じで,「別の言葉は別の仮名で書き分ける」――それが仮名遣の一面やないかなー。
- なるほど,わかった様な気がします。
- 英語でも,海の"sea"と,「見る」って動詞の"see"は,同じ[si:]って発音でも書き分けてる。そない思ったら,日本語の「仮名遣」は,英語の「綴り」みたいなもんや。まー,堅苦しい前置きはこれ位にして,さっそく勉強に移るでー。
1.2 「現代仮名遣い」と同じ発音のもの
- 最初は何から始めるのですか?
- そやなー,最初は「歴史的仮名遣の読み方」から行こか。そない言うても,大体は「現代仮名遣い」と一緒で,そのまま読んだらええんや。例を出していくで。
- ぢみ【地味】[ジミ]
- はぢる【恥ぢる】[ハジル]
- いなづま【稲妻】[イナズマ]
- きづな【絆】[キズナ]
あ,特に断りのない時は,仮名遣はひらがなで,発音はカタカナで書いていくから。この例で強調してあるのは,歴史的仮名遣と「現代仮名遣い」で表記が違ってる部分や。
- 表記が見慣れないだけで,わたしにも読めますよ。
- あと,擬音語とか擬態語とかは,カタカナで書くことが多いけど,これは発音を文字に写しただけやから,そのまま読んだらええ。外来語も同じや。
1.3 い段+う
- 「い段+う」は,「いう」「きう」「しう」……のことですか?
- その通りや。ちょっと注意やけど,語中の「-い段+う」は「-ュウ」に読むことがあるんよ。
- いううつ【憂鬱】[ユウウツ]
- きうり【胡瓜】[キ(ュ)ウリ]
- かりうど【狩人】[カリ(ュ)ウド]
- しうち【羞恥】[シ(ュ)ウチ]
- しうち【仕打ち】[シウチ] = する + 打つ
- みうち【身内】[ミウチ] = 身 + 内
後ろの二つみたいに,「う」に語頭(二語連合)の意識がある時は「-ュウ」にならへん。まー,普通漢字で書いて隠れる部分やから,気にせえへんでもええんやけどね。
- 「しうち」なんかは,漢字で書いてないと区別がつかないのです。
- やっぱり日本語は,適度に漢字を使ってこそ,ええ感じになるってことやね。
- ……はやてちゃん,それは寒いのですよ。
- ……ま,まー,次,次。
1.4 わ行
- 次は「わ行」の読み方ですか。見慣れない「ゐ」「ゑ」はどう読むのですか?
- そやね,歴史的仮名遣やと,わ行が「わゐうゑを」になる。これは「ワア行」,つまり「ワイウエオ」で読んだらええ。「ゐ」は「イ」,「ゑ」は「エ」やね。ちょっと練習しよか。
- あぢさゐ【紫陽花】[アジサイ]
- あゐいろ【藍色】[アイイロ]
- おまゐり【御参り】[オマイリ]
- もちゐる【用ゐる】[モチイル]
- おゑかき【御絵描き】[オエカキ]
- みつどもゑ【三つ巴】[ミツドモエ]
- ゑぐる【抉る】[エグル]
- ゑさ【餌】[エサ]
- あをいろ【青色】[アオイロ]
- かをり【香り・薫り】[カオリ]
- をさなご【幼児】[オサナゴ]
- をぢさん【小父さん】[オジサン]
- 「を」が単語の中に出てくるのも変な気分ですけど,読むのは簡単ですね。
- とにかく,そのまま読んだらええだけやからね。
1.5 大書きの促音・拗音
- 「大書き」って何のことですか?
- 促音の「つ」,拗音の「や」「ゆ」「よ」を大文字で書くことやね。例を見た方が早いかなー。
- つつこみ【突込み】[ツッコミ]
- はつしや【発射】[ハッシャ]
- せかいぢゆう【世界中】[セカイジュウ]
- ちよつと【一寸】[チョット]
- これは少し読みにくい感じがします……。
- せやけど,ひらがなで出てくることは比較的少ないし,出てきても前後の文脈から判断したら読めるから,慣れたら何てことはないよ。
- 「大書き」があるってことは,「小書き」もあるってことですよね? 何か使分けはあるのですか?
- 歴史的仮名遣では,大書きの方が正式で,小書きにするのは俗習やねんて。 (天の声: この文書は小書きで書いてある。) ただ,カタカナで発音を写す時は,小書きも正式なものとして認められとる。確かに,発音を表すのに「ッ」「ャ」「ュ」「ョ」が無いのは困るしなー。まー,これはどっちかって言うたら,歴史的仮名遣を書く時の話やから,今はあんまり気にせんでもええよ。
1.6 纏め
- 今回はこれで終りですか。はやてちゃん,有難うございました。
- どう致しまして。しばらく「読み」の勉強は続くんやけど,次からの内容は,見慣れてないって意味で少し難しくなるから,覚悟しといてな。ほんなら,また次なー。