古今字 - 「幸」と「倖」

「幸」と「倖」の使ひ分けを調べるところから始まったおはなし。

「幸」は手枷の象形文字で、初めは「恩赦」を表してゐました。訓読みは「こぼれざいはひ」、即ち瓢箪から駒」「棚からぼた餅」位の意味です。しかし「幸」を「さいはひ」の意にも拡げて用ゐるやうになり、「こぼれざいはひ」の意には「倖」の字を作って区別する様になりました。「僥倖」を「こぼれざいはひ」と訓するのはこの為です。多少長いのですが、ひのかげさんの日記で「幸」に言及した部分を次に引用しておきます。

例えば「幸」という字をふつうの漢和辞典で調べてみると、「夭」と「逆」(「しんにょう」を省いた部分)を合わせた字で「夭死に逆らう」、つまり、若死にするという不幸の逆の意味で、さいわいということになるとある。(中略)

ところが『字統』ではこの説を否定する。この研究書の著者である白川 静氏によると、「夭死を免れる」というような否定の意を加えた会意という造字法はないとしている。

では、「幸」とは何を意味しているのか。これは明らかに手枷の象だという(「幸」の甲骨文字を見ると確かにそうだ)。これは罪人を執らえる「執」、報復刑を加える「報」に通じる意味となり、けっして "しあわせ" ではない状態の象形であった。(中略)

よって、「幸」の意味するところの "しあわせ" な情況というのは、「ほとんど望めないこと」と解釈するのが正しい。さらに、「幸」はもと「僥倖」の意に用いたという。これは要するに、ことを望みがたいということを意味する。

めると、次の様に表記できます。

しかし現代では、両者にその様な区別を意識して使ひ分ける人は少ない様に思へます。大半の漢字辞典でも異体字、通用字となってゐると思ひます。例へば、「倖」の字は常用漢字表に無いといふ意味でマイナーですから、名前を付けるときにりの「幸」を避けて「倖」にする、といふ使はれ方があるでせう。

兎にも角にも、「幸」と「倖」の様な、「意味が変化したので別の字を作って使ひ分ける様になった漢字の組み合せ」を古今字と呼び、他にも次の様な組み合せがあります。

古今字とは違ひ、一つの字に沢山の意味が出来た為、漢字を分化させた例を次に挙げておきます。